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できないことは、マイナスじゃなかった!

堀内 勇斗


(ほりうち ゆうと)

私は入社7年目の堀内勇斗と申します。

人生の大先輩に私などが話せることはないのですが、私が「さかえや」で7年間勉強してきたことをお話しさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

最初に、私の自己紹介をさせていただきます。私は入社7年目の堀内勇斗と申します。年齢は25歳になりました。私は小さいときから勉強が苦手で、小学校から勉強がついていけなくなり、高校では「バカ男」と呼ばれていました。

しかし料理が好きだった私は、板前になりたくて、高校卒業と共に「さかえや」の採用試験を受けました。こんな私ですので社長はずいぶん採用を迷ったようです。

 

しかし、希望する人が少ない調理場を志望したことと、高校時代アルバイトしていたセブンイレブンの「恵方巻」の売上が3年連続で長野県で一位だったことに興味を持ってくださり、「さかえや」に採用していただきました。

 

私が入った当時の「さかえや」は、とても荒れていて、従業員室に行けばみんなが社長や会社の悪口を言っていました。会社がお金を出して飲み会をやるときも「それは残業代がでるのですか?」と聞いたり、懇親のためのボーリング大会の出席の紙に、大きな文字で「参加を強制するのは辞めましょう」と書かれるくらい荒れていました。

 

資金繰りも厳しくなり、倒産の危機にあった「さかえや」でしたが、私が入社して3年目と5年目の2回連続で旅館の全国大会「旅館甲子園」で日本一を2連覇することが出来ました。

 

今でも夢のようですが、日本一になれたのは、私たちが優秀になったからではなりません。

どうしたら勝てるかを教えてくれる人がいたからです。

それは社長が早稲田大学の学生時代に経営を教えてもらった杉井保之さんという方で、

私は入社してすぐのトイレ掃除の研修で杉井さんと出会ったのですが、最初は、上下作務衣の格好で、裸足で掃除をしていて、その杉井さんが、社長に指示をしたりしていて「偉そうな、掃除のオジちゃんだな」と思っていました。

ところがその人が「経営の神様」だったのです!

 

杉井さんは不登校や非行少年、引きこもりの人たちの支援をしていて、そういう人たちと会社を経営して20年以上増収増益を続け、農業さんや自動車整備などいろいろな業種でも日本一の会社を作っている方でした。

その杉井さんから「オリンピックで1位になれるのは特別な人だけだけど、旅館甲子園で優勝することや、商売で儲かることは誰にでもできることだよ! 一番強い人が勝つんじゃないし、頭のいい人が幸せになるわけでもない。一番応援された人が勝つ戦いなんだから堀内君だって幸せになれるよ! もし頭のいい人が幸せになるのなら、東大を出た人はみんな幸せになっていなきゃおかしいだろ。」と教えていただきました。

 

そして、「もし商売で儲かりたかったり、幸せになりたかったら、人に勝つことよりも人から好かれ、人から応援される人になりなさい。世の中には向かい風の中で生きている人と追い風の中で生きている人がいるから、力の弱い人は向かい風ではなく、追い風の中で、他力の中で生きればいいんだよ。」と教えてくれたのです。

杉井さんは人から応援される生き方の事を他力が集まる生き方だと言っていました。

 

しかし、頭では分かっても、どうしたら他力が集まるのかわかりませんでした。

そこで「どうしたら他力が集まるのですか?」と聞くと、杉井さんが「子育て・社員育成セミナーに参加してごらん。そこで教えていることを身に着けられたら、奇跡を起こせるようになるよ!」と教えてくれたのです。

そこで、その講座を受講してみると、そのテキストに答えがのっていました。「他力を集める方法」として、

 

  • 一生懸命に取り組むこと
  • 人の支えを認めて、少しでもお返しをしようとすること
  • 人の幸せを応援すること(少しの損を引き受けること)

の3つがポイントが書いてありました。

 

 

考えてみると高校の時の恵方巻きも他力のおかげでした。

最初は自分で頑張って売ったと思っていましたが、周りの方の支えがあって売ることが出来たのです。

 

私は高校生の時、勉強はしていませんでしたし、部活も途中でやめて遊んでばかりでしたので、私が放課後、一人で教室で計算機を叩いて恵方巻きの集計をしていると、先生からも「熱でもあるのか?」と心配されました。私が恵方巻きを注文してくれた人の名簿を必死で作っていると、それを見ていた先生がは「勉強もこれくらい一生懸命やってくれればな」と言いましたが、その先生は家族の分も注文してくれました。

 

高校3年生の時には私が恵方巻きを売ることが学校でも行事のようになっていましたので、各クラスに1人ずつ恵方巻きの担当がついてくれて、「1組80本ね。」「2組100本集まったぞ」と友達が友達に声をかけてくれ、配るときも段ボールを3階の教室までみんなで運んでくれ「俺、2年に配ってくるから」と助けてくれました。

そうやってみんなに手伝ってもらって売ることができたのです。

 

杉井さんの言葉に「自力有限、他力無限」という言葉がありますが、恵方巻きの本数は年を重ねるごとに本数が増えていきました。これは間違いなく、1人では出来なかったことです。今振り返ると、私は「自分の力は有限でも、人の力を借りれば力は無限になる」ということを高校の時にもう体験していたのです。

杉井さんは、「人から応援してもらうにはハガキを書いたり、掃除をするといいよ!」と言いました。

 

私は杉井さんの言葉を信じて、それから毎日はがきを書くようにしました。トイレ掃除も最寄駅の駅員さんにお願いをして、毎月トイレ掃除をさせていただけることになりました。

私は漢字が苦手で、字も下手だったので、最初は嫌だったのですが、お世話になった人方たちに、感謝の気持ちを書き続けているうちに、たくさんの人から支えられていることに気が付きました。

 

昔の言葉に「箸よく盤水を回す」という言葉があるようですが、私のような、汚い字の下手なハガキでも、心を込めてコツコツ書き箸を回しているうちに、盤(たらい)の水が回り出したのです。

 

そして1回目の旅館甲子園に挑戦した時、社長からプロジェクトのリーダーに選んでいただきました。私より年上の方の方が多く、「私なんかがやっていいのか」と思いましたが、自分なりに、一生懸命準備を進めていきました。挑戦するからには1位になりたいという気持ちで、原稿を書いて、スピーチに使う写真、スピーチに合う音楽、当日の立つ位置など、

がむしゃらになって準備を進めていきました。

 

最初は「孤独だな」と思った時期もありましたが、本番が近づくにつれて、夕ご飯を食べていない私たちに夜中おにぎりを届けてくれたり、応援動画を作って見せてくれたり、本番1週間前になると、ステージに上がるスタッフの半分を全員シフトから外して、「現場は任せておいて!」と声をかけてくれました。今振り返っても、本当に頭が下がる思いでした。スタッフ半分が現場に入らなければどれだけ大変だったか、想像するだけでも、胸が熱くなります。

 

そんなみんなの支えがあり、1600社の頂点に立つことが出来ました。

 

そして、1回目の旅館甲子園が終わり、社長から「フロントに下りてマネージャーをやってみないか?」と声をかけていただきました。正直「何をいっているのだろう?」と思うくらいの出来事でしたが、せっかくのチャンスをつかまないわけにはいかないと思い、挑戦させていただきました。

 

私がフロントに下りたのは21歳の時です。

想像してもらうとわかると思いますが、私はフロントで最年少でしたし、フロントの知識も経験もない中で、何もわからない私がリーダーとしてフロントを仕切っていかなくてはいけないのですから、当時は本当に大変でした。仕事が分からないのはもちろんのこと、そもそもパソコンも使ったことがなく、タイピングで小さい文字(じゅの「ゅ」)の打ち方も知りませんでした。

 

そのためフロントの仕事を覚えたり、パソコンの操作を覚えたりと、本当に大変で

毎日、眉間にしわを寄せて仕事をしていたようです。

 

そんなときに杉井さんから「堀内君、ずいぶん大変そうだね。でも堀内君の良さは仕事ができることかなぁ? 優秀さを求めているのなら社長は堀内君をマネージャーに選ばないと思うよ(笑)。堀内君は堀内君の特性を活かして戦わなければダメだよ」と言われ、「差別化」ということを教えてもらいました。

 

皆さんは「差別化」ということを知っていると思いますが、私は高校をでて数年でしたので「差別化」という言葉すら知りませんでした。

そこでネットで「差別化」を調べてみると、「他がやっていないことをやること」と書いてありました。そうか!誰にもやっていないことをやればいいんだと思ったのですが、そもそも頭が悪くて、スポーツも得意でない、サッカー部でしたがリフティングですら人よりできなかったので、私には他の人ができないようなことは何も思い当たりませんでした。

 

すると、杉井さんは「さかえやは、他の人ができないことをして旅館甲子園で一番になったのかなぁ? そうじゃないよね。自分たちの未熟なところも認めて、そのうえでそれぞれの個性を発揮したから優勝できたんだよね。だから、優秀になろうとしたり、特別なことをやろうとしなくていいんだよ。誰にでもできることでいいから、誰にもできないくらい一生懸命やればそれが差別化になるんだ!」と教えてくれたのです。

 

私はそれまでできないことを克服して、立派なリーダーになろうと思っていました。

それが社長の期待に応えることだと思っていたのですが、杉井さんは「必ずしも弱点は悪いものではないんだよ。それを活かせるかどうかが大事なことなんだ。

最近の堀内君は自分の弱点をなくすことを意識して、自分の魅力を活かすことを忘れているかもしれないよ!」と教えてくれ、次の質問をしたのです。

 

-5、3、0、-1、4

 

ここに5つの数字があります。この中で1番大きい数字はどれですか?

 

こう聞くと、多くの人が「4」と答えますが、実は1番大きい数字は「5」です。

数字の大きさというのは、0からの距離ですから、4よりも5のほうが遠いのに、マイナスがつくと「小さい」と思ってしまうのです。

杉井さんは弱点となっている「-5」も悪いものではなく、タダの特性なのだから、それに「-1」を掛ければいいだけのことだと言います。

事実、接客も未熟で、設備も古く、立地も悪い「さかえや」に、ー1を掛けて旅館甲子園で優勝することができたのです。

 

杉井さんは、「欠点も活かし方によっては魅力なのに、みんなはその欠点を『ダメなもの』と思ってしまうから魅力として活かせないんだ」と言っていました。

 

「さかえや」の仲間は、決して優秀ではないかもしれませんが、冬でも朝5時に起きて駅のトイレ掃除を続けています。旅館業と言う仕事柄、仕事終わるのが遅い日もありますが、それでもみんな一日一枚以上ハガキを書いています。

 

優秀ではないかもしれませんが、そうしたことが「差別化」になり、私たちの信用につながって、口コミでお客様が増えていると思うのです。

 

ここで7年分の複写ハガキを出す!

 

これが私が書いて来た複写ハガキの控えです。

今日、私がこうした機会をいただけたのも、ハガキや掃除を、7年間続けてきたからだと思うのです。こうした誰にでもできることが差別化となって、今回こうした機会をいただけたと思うのです。

 

今の時代は「『うちで買ってください。お願いします』と言って頭を下げれば下げるほど、値段も下がります。それよりも先方から『ぜひあなたにお願いしたい』と頼まれるほうがやりがいもあるし、こちらの希望する金額も通って、気持ちがいいと思うのです。

 

私たち「さかえや」では、どうせなら「あなたに接待してもらいたい」「あなたのいる旅館に泊まりたい」と言ってもらえる旅館になることを目指していて、おかげさまで、この5年間で平均単価が6,000円アップしました。

 

安くしていても文句を言われていた旅館でしたが、6000円単価が上げたのに、「ぜひ社員に見せたい!」と言って、全国から泊まりに来る方たちが増えたのです。

 

そう考えると杉井さんが言うように、商売や人生は優秀になることよりも、自分の魅力を活かすことの方が大事だと思うのです。その活かし方が「差別化」であり、「他力を集める戦い方」だと思うのです。

 

私の話では、伝えきれない部分がたくさんありますが、その伝えきれない部分は、実際に来て見てもらうしかないと思うのです。皆様と「さかえや」でお会いできることを心から楽しみにしています。

私たちは本当にまだまだ未熟ですが、もっともっとお客様に喜んで頂けるおもてなしが

出来る宿になっていきます。

 

もし少しでもご興味を持って下さった方がいっらっしゃれば、是非私たちの旅館甲子の

映像をご覧いただければと思います。

 

今日は貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。

マイナスは捨てたもんじゃない

堀内 勇斗
  • プロフィール
    • 新潟県新潟市出身
    • 平成24年入社
    • 座右の銘
   

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